父の30回忌
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    9月3日はふるさとで父の30回忌が行われると8月の下旬に
    連絡をもらったが、4日から議会が始まるのでどうしようもなく
    不義理をしてしまった。東京から妹や弟が帰って無事すんだと
    今日(4日)議会から戻ると電話があった。時間さえあれば子どもと遊んでくれた

    葬儀に参加しただけで1回忌から30回忌まで一度も参加できずじまいで
    父さんっ子だった私なのに不義理ばかりしている。

    30年も前のことなのに「父さんの棺に一緒に入れて」と泣き叫んだことが昨日のように思い出される。当時は仕事に戻るために本土へ帰ることになった私をみんなは海の上で身投げをするんではないかと本気で心配をしたそうです。
    毎日お墓の前で泣き明かしている私を、そのことが父の成仏を妨げる親不孝ものになるんだとしかりつけた母。肩に手をやる父と照れる母
    お墓から私を連れて帰る道すがら父の子どもへの思いを語ってくれた。
    父は元気だった頃、まったく貯金のない暮らしを嘆く母に「僕たちにはたくさんの財産がある、8人の子ども(弟の子どもで物心つきだした頃に親をなくした私たちを引き取ったので子どもが8人にになった)が何にもまして立派な財産だ、心配することはないと」言っていたそうです。
    私たちを引き取った頃の父父の還暦祝いに母、父の妹や従兄弟たちと
    父が亡くなったときはまだ小学生の末っ子と中学校の3男、夜間高校の妹などがいましたが、父の死後その言葉のとおり、働けるようになったものは母を助けて給料から送金を続けて、弟二人を高校、大学と出してあげた。そんな家族のまとまりはその後も何かとつながり、私の結婚にも力を貸してくれました。親がいないので嫁入り道具などとても用意できる立場ではなかったけれど、みんなでお金を出し合って箪笥の一式だけは買ってくれたのです。今はその財産から一人かけてしまったけれど、仲良く力を合わせてそれぞれの家族や仕事などを持ちながらも、足らずを補い合っています。私はそんな温かい家族の中で育ったので、息子たちもその伴侶や伴侶の家族も含めて大事に思えるような、中のいい兄弟になってほしいと願って育ててきました。
    こんな一面もあったか!!!!
    仕事中の父これからお互いが結婚などをしてもお互いを家族丸ごと大事にできるような家庭を築いてほしいと心から思います。兄弟は仲がよければ多いほど力になるし、楽しいことを知って子どもは3人以上産んでほしいと思っています。長男の妻は兄弟を受け入れるというその点では本当に申し分のない女性で、そのご両親もともにお付き合いができることをうれしく思っています。今日は「無事終わった」との報告とその時間を共有してもらいたいから、ふるさとの味を送るとの電話をもらって、つい父との暮らし、父との会話、父を失ったときの途方にくれた自分を思い出してしまいました。仕事から家に帰って泣かなくなるまでまるまる3年はかかりました。そんな私なので、父を思うとやっぱり30年たっても涙が出てしまいます。
     
    | 女性は太陽 | 暮らしの中で | 18:35 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
    「僕たちにはたくさんの財産がある、8人の子どもたち」すてきですね。 そう言えるお父さんの優しさが伝わってきます。 そうです、兄弟なかよく育ったらそれがすごい力なんですよね。 温かい家族の中で育った「女性は太陽さん」
    住民が主人公の理念でがんばって下さい。
                 
    | マジマジシャン | 2006/09/05 10:15 AM |









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